「お前、1人で留守番出来るかい?」犬小屋の前で、ヤツが小首を傾げる。茶色の瞳が物問いたげに見つめてくる。明日の朝早く、両親と私は親戚の葬式に出発しなければならない。両親はそのまま1泊してくるが、私は仕事があるので夜遅くなっても戻る予定だった。動物を飼うと旅行に行けなくなるとはよく言われることだけど、それは真実だった。ヤツが家に来てからというもの、泊まりで出かけたことはなかったし、両親も私もそれを望まなかった。
ヤツが家に来たのは3年前の今頃、空気が冷たくなり、シャツ1枚から上着が欲しいと感じる時期だった。母親が知り合いから犬を飼わないかと声をかけられたのだ。結婚前に子供の頃から生活を共にしてきた犬を老衰で亡くしてからというもの、もう2度と生き物は飼わないと心に決めたのだと母は言った。その考えを今回変えたのには訳がある。ヤツは無責任なブリーダーによって飼われていたミニ柴の雄で、身体が大きくなってきて雑種の血が明確になってきてからはほとんど檻に入れられたまま放置されてきたのだ、何年も。
「仔イヌじゃないから、最期まで看取ってあげられる」、そう思ったのだと母は言った。自分は大切に思われている、ようやく最近ヤツがそのことを理解してくれていると信じられるようになってきたというのに、ほぼ1日家人がいないのでは再びあのネグレクトされていた日々に戻ってしまうのではないか?私たちはそれを恐れた。私が夜戻るまでの間であってもペットシッターを依頼したのはそのためだった。
私はヤツの鎖を外し、散歩用のリードを取り付ける。ヤツはいつものコースを先導していく。シッポがピンと立って、自信に溢れていた。目的地の公園に到着すると、私はヤツが好きに歩くのに身を委ねる。ヤツが「駆けたい!」と全身で表現して、私たちは全力で地面を蹴る。いつかドッグランに連れて行きたい、茶色の身体を撫でながら私たちは呼吸を取り戻す。そして私はヤツに言った。明日は夜の散歩に付き合ってくれるかい?