私の会社は東京にあるのだが、最近隣のビルの3階にうさぎカフェがオープンした。うさぎを特別好きなわけではなかったのだが、何となく気になって、いつか覗いてみようとは思っていた。最近あちこちにオープンしているらしい動物カフェの実態を、たまたま近くにできたうさぎカフェで見てみようと考えたに過ぎない。
その日の昼食時にエレベーターを降りて歩いて行くと、若い女性が花を飾り付けた小さな籐かごを胸に抱いて隣のビルから出てきた。チラッと、真っ白い何かが花に埋もれているのが見えた。私と目が合うと軽く会釈をしたその瞳は、真っ赤に潤んで涙を湛えていた。道路際に停められた車にその姿は消え、私は見るともなしに彼女が出てきたビルの方を振り返ったものだ。
それからしばらくして、私はとうとううさぎカフェに足を運んだ。にわか雨が止むまでの、時間潰しのつもりだった。他のカフェのことは分からないが、最初に色々な注意事項の説明を受けて、どの子にするか指名するシステムだった。「真っ白い子を」私は何となく、そう答えていた。うさぎのための仕切りが置かれて、私はぼんやりとその白い生き物が動く様を眺めていた。こんなに近くでうさぎを見るのは初めてだったが、じっとしていてもどこかが動いていているその姿は興味深いものだった。それに清潔に飼育されているのか、嫌な臭いは全くしなかった。
しばらく飽きずに眺めていると何となく眠そうだという気がしてきたので、店員さんにお願いしてケージに戻してもらうことにした。「寝不足はうさぎにとっても良くありませんからね」私の言葉に小さく笑い声を上げたのは、先日目を赤くしていた彼女だった。動物飼育管理士とかいう名札を付けている。窓から外を眺めると、雨はすっかり上がっているようだ。「また来ます」そう言って、私はうさぎカフェの外に出た。