「お隣の猫、死んじゃったんだって」仕事が休みの寒い朝、母がお茶を淹れながら呟いた。火を入れたばかりのストーブから微かに暖気が立ち上る。お隣の猫、白黒のハチワレでヒゲのように見える模様があったから、私はジェントルマンと呼んでいた。毎日のようにうちに遊びに来るらしく、母は可愛がっていたようだ。数年前までうちにも猫がいたけれど、彼女が病気で逝ってからは生き物を飼うことを止めていたのだ。
その分の愛情を、なじみになったハチワレに注いでいたのだろう。母はヒゲちゃんと呼んで、彼専用のクッションをデッキに用意したり、そこでくつろぐ彼の写真をスマートフォンで撮ったりしていたらしい。「最近見ないから、おかしいとは思っていたのよ。それで昨日奥さんに尋ねたら、病気で死んじゃったって」人懐こくて、気だてが良い子だったのに…母がポツリと呟いた。
「それで遺体はどうしたんですかと聞いたら、ペット霊園で焼いてもらったって」うちにいた彼女もペット霊園で葬儀を行って、骨をもらってきていた。彼女はうちが大好きだったから、骨は庭の片隅に埋めてあげたのだ。「最初は保健所で焼いてもらおうとしたんですって。お祖母ちゃんがそう言ってたらしいんだけど、保健所では他の犬猫と一緒の合同葬になるしお骨はもらえないと分かって、止めたらしいわ」
長く共に生活してきて、最期になって保健所もないだろうと私は正直憤った。その顔色を見て母もそう感じたのか、小さくため息を漏らす。「Sちゃんが泣いて抗議したらしいから、ヒゲちゃんも本望でしょう」そう言った母の視線の先には、ヒゲちゃん用のクッションがポツンと置いてある。もう、このクッションで毛づくろいするヒゲちゃんの姿を見ることはないのだ。数年前にイヤというほど味わった痛みや喪失感が蘇る。そんなことを考えながら、私たちはお茶を飲み干した。